自己責任という意味について

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  1. 辞書の定義では自分の行動には自分に責任が存在することや、自身の行動による過失の場合にのみ自身が責任を負うこととなっている。
  2. 現代社会では多くの意味や用例が存在しており、詳細は自己責任を参照。
  3. 金融商品取引においての原則は自己責任原則を参照。

出典:wikipedia「自己責任」ページ

ウィキペディアでの「自己責任」については上記の通りだ。

おそらくどこの辞書を引いても大きな差はないだろう。

復興相の話で「自己責任とはなんですか」と憤る人を見たので「自己責任」について考えてみたい。

上記の例で簡潔に言うなら「自分の行動による過失の責任は自分自身が負う」ということである。

そもそも福島原発事故の責任については集団訴訟によって「国と東電側に責任がある」という判決が出ているので原発事故においての責任は国と東電にあったことは明らかだ。

だが「自己責任とはなんですか」と憤った方は避難区域に住んではいないものの近隣に住んでいると言うことで自己避難者扱いになった人だった。

避難区域外であるのだから避難する必要性はいくら原発から近いと言えども無いわけで、避難する必要性がないと国が判断したのに避難することは「自己判断」になる。避難していけないわけではないし、しなくてもいい。つまり避難指示された人とは違って選択には自由がある。避難指示された人というのは国から強制的に退去させられているのだから。

避難しなくても大丈夫な人が避難する決断をし、現在は別な場所に避難している訳だがその人たちに対しても国は支援を行ってきたわけだから、国は自らの責任(国が避難指示した人たちの生活の支援)の他にも援助を行っているということになる。

これを打ち切ったということで国の責任放棄だと言われているわけだが、自主避難した方々に対する責任は国にはない。国は「避難しなさい」なんて言ってないからだ。被災した国民を支援するという責任はあるがそれも十分果たしていると思える。実際に家を無くした人以外は家が傾いていても一定の修理支援しかしてくれないからだ。家が傾いても直すための資金の補てんくらいしかしてもらえない方としては無償での住宅支援だけでも差を感じる。

避難指示区域から少しでも外れたら国は何もしてくれない。

それはそうだ。そのもう少しも含めると「いや。うちはそのもう少し離れている」とどんどん指定区域が膨れ上がっていくからだ。そのもう少し、をずーっと続けていけば日本全国「もう少し離れている」と言っても不思議ではない。

そうなってくると収拾がつかないので一定の範囲を避難指示区域としている訳だ。

支援を打ち切られたから故郷に帰れと強制されているわけではない。

ここで住み続けるも帰るも自由ですよと言われているのだ。

帰るなと言っているうちは強制している補てんとして無償の住宅支援が受けられたわけだが強制が解除された時点で支援が切られるのは当然だ。大体支援の打ち切りは昨日今日すぐ決められたことではなく打ち切るにしてもだいぶ前から言われていたことであろうし準備の期間がなかったなどとは言えないはずだし、後は故郷へ帰るもその場所に残るも自己判断だし自己責任ということになる。故郷へ帰るのも強制ではないからだ。

己に判断する権利がゆだねられているというのに国に責任を押し付けようとしているのはいかがなものかと思った次第だ。

 

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